バーベキューの歴史について興味をもつ人がどれだけいるのだろうか?
この本は「ぼくのようにバーベキューの魅力に取りつかれた著者が、趣味半分で書いたような本だろうな」そう思っていました。
しかし本書を読んでみてわかったのは、バーベキューの奥深さ、そしてバーベキューなくしては、ぼく達人間は命をつなげることができなかったということです。
さらにぼく達がバーベキューに魅力を感じるのは、人間としての本能だということにも気付かされました。
「今よりもっとバーベキューを楽しみたい!」「もっとバーベキューの魅力を知りたい!」そういった方にオススメの本です。
『バーベキューの歴史』バーベキューなくして今のぼく達は存在しないことがわかった
本書の構成
本書は序章から始まり、6つの章に分かれています。
- 序章 肉と煙との出会い
- 第1章 バーベキューの起源
- 第2章 男らしさと祝祭
- 第3章 バーベキューの技術
- 第4章 世界のバーベキュー
- 第5章 バーベキュー競技会
- 第6章 ソースと付けあわせ
バーベキューの定義
本書におけるバーベキューの定義としては、
- ゆっくり
- スモーク
- ロースト
という3つの要素があって、バーベキューと呼びます。
それぞれについて細かい説明も本書に書かれているので、気になった方は是非読んでみて下さい。
バーベキューに魅力を感じる理由
ぼくが本格的にバーベキューをやり始める前までは、「昼間から家族や友人と、食事&お酒を楽しめる」から、バーベキューが好きでした。
しかし本格的にバーベキューを始めるようになってからは、炭火を扱う難しさに魅力を感じ、そしてみんながぼくの作った料理を喜んでくれるという理由で、バーベキューを好きになっていきました。
しかし本書を読んでわかったのは、そもそもバーベキューに魅力を感じるのは、人間として本能で感じているということがわかりました。
12万5000年前に北ヨーロッパで暮らしていたネアンデルタール人を研究していた考古学者ベント・セアンセンが、このように言っています。
ネアンデルタール人は生理活動の維持に必要なだけの大きな肉塊を狩猟の現場から生活の場まで運ぶため、肉を乾燥させてかさを減らす必要があった。そのためのいちばん有効でてっとり早い手段は火を使ってジャーキー(つまりバーベキュー)を作ることであり、そうすれば共に暮らす全員が2ヶ月近く生きのびることができたということだ。
p18より引用
つまりバーベキューとは、人間が生きていくために必要な食料を確保し、それを家族に分け与えるためになくてはならなかった調理法なのです。
ぼくらの遠い遠い先祖は、バーベキューで生命を維持し、現代に生きるぼくらへと命をつないでくれたのです。
バーベキューの本場はアメリカかもしれないが発祥地ではない
『本場』という意味を辞書で調べると、
- あるものの主な産地。よい品の産地。
- 物事が盛んに本式に行われている場所
大辞林より
と書かれているので、バーベキューが盛んに行われている場所として考えると、アメリカが本場であると言うことに間違いはないと思います。
しかし発祥地となるとそうではありません。
発祥地とは
ある物事が初めて起こりあらわれた土地
大辞林より
と書かれています。
本書を読むことでわかったのは、バーベキューとは一つの場所で始まった調理法ではなく、世界各地で人類が生きながらえる中で生まれた調理法ということです。
つまりバーベキューの発祥地は世界各地であり、アメリカが初めて起こりあらわれた土地とはならないわけです。
- アメリカ:バーベキュー
- フィリピン:レチョン
- メキシコ:バルバコア・デ・カベサ
- ポリネシア:カルア・ピッグ
- 南アフリカ:ブラーイ
- 中国:チャーシュー
などなど、調理法に多少の違いはあれど、全部バーベキューなのです。
まとめ
バーベキューの定義と、バーベキューの本場・発祥地に関しては、様々な意見があると思います。
ぼくも本書に書かれていることを鵜呑みにしたわけではなく、「ぼくはこう思う」といった意見があります。
しかし本書を読んで、自分の意見に変化があった部分もあります。
それは「バーベキューの定義にこだわる必要はない」ということです。
以前までは
- バーベキューは炭火でなくてはいけない
- 屋外でやらなくてはバーベキューとは言わない
- バーベキューで使う肉は塊肉がベスト
などといった、こだわりがありました。
しかし『バーベキューの歴史』で学んだことで、もっと幅広く柔軟に考え、よりたくさんの人を楽しませられるバーベキューを考えていこうと思いました。
「バーベキューの歴史はそんなに奥深いものなの?」と思った方は、是非本書を読んでみて下さい。